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東京大学大学院工学系研究科の西林仁昭教授らの研究グループと九州大学先導物質研究所の吉澤一成教授らの研究グループは、窒素分子が配位した鉄窒素錯体(注1)を新規に分子設計・合成し、それを触媒として用いて常圧の窒素ガスを直接アンモニアへと変換することに成功した。さらに反応条件によって窒素ガスから選択的にヒドラジン(注2)が生成するというこれまでに例がない触媒反応をみいだした。
本研究の成果は、現法のハーバー・ボッシュ法に代わり得る次世代型の窒素固定法であり、今後の窒素固定触媒開発の指針となると期待される。本研究の成果は、英科学誌「Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)」に掲載された。

1906年に開発された、大気中の窒素を使ってアンモニアを合成する技術「ハーバー・ボッシュ法」(注3)(これにより化学肥料が誕生)は人類の食糧問題を解決したと言われ、20世紀初頭の革新技術の一つだ。以来、長年にわたり研究がすすめられ完成度の高い技術となっているが、合成過程において高温・高圧を要するためエネルギーコストの高いプロセスが課題だった。

2010年、東京大学大学院工学系研究科の西林仁昭教授らの研究グループは窒素架橋二核モリブデン錯体を触媒に用いて、常温常圧の極めて温和な反応条件下で窒素ガスからアンモニアを合成する反応を開発(Nishibayashi, Y. et al. Nature Chemistry 2011, 3, 120)。これにより、温和な条件下での合成に成功したが、触媒としたモリブデンは希少金属(レアメタル)な為、より安価で豊富に存在する金属を利用した触媒反応の開発が求められていた。

そして今回、PNP 型ピンサー配位子(注4)を持つ鉄窒素錯体を新規に分子設計した触媒でアンモニアの合成に成功。これにより、ハーバー・ボッシュ法に代わる安価・省エネルギーの次世代型、窒素固定触媒開発に道筋をつけたのが本研究の成果だ。

また、溶媒をジエチルエーテルからテトラヒドロフランに変えて本触媒反応を行うと選択的にヒドラジンが生成。窒素錯体を用いて窒素ガスから触媒的にヒドラジンが生成する反応を世界で初めて確認した。

プレスリリースによると

本法は現法のエネルギー多消費型プロセスであるハーバー・ボッシュ法に代わり得る、潜在能力の極めて高い次世代型の窒素固定法開発を推し進めるための重要な知見であり、省エネルギープロセス開発に向けて大いに期待できる研究成果である。また、常温常圧の反応条件下で窒素ガスからアンモニアを合成する窒素固定酵素ニトロゲナーゼの未解明な反応機構に関して、極めて重要な知見を与える研究成果でもある。
更に、本研究成果は、二酸化炭素排出量の大幅削減の実現を達成する可能性があるとともに、環境的にもクリーンな「アンモニア社会」(注5)の実現を推し進める上で重要である。

としている。

次世代の化学エネルギーとして期待されている物質としては「水素」が代表格となるだろう。しかし水素は、「貯蔵に高圧液化が必要」「(水素原子は小さいので)漏洩しやすい」「(結合しやすい為)容器の金属を劣化させやすい」「爆発的な燃焼をしやすく取扱いに注意を要する」など、貯蔵・輸送において越えなくてはならない技術的なハードルがあるのが現状だ。

そういった状況において、注目されているのが「アンモニア」だ。アンモニアは、常温8気圧程度で液化し、発火点が651度と高い。燃焼はしずらいが、燃焼し始めれば安定して燃焼し、オクタン価も130相当ある(オクタン価:ガソリンのエンジン内での自己着火のしにくさ、ノッキングの起こりにくさを表す数値。数値が高い程、燃焼精度がよい。例:レギュラーガソリン96.0)、また、アンモニアが燃焼した後に最もエネルギー的に安定(最も生成しやすい)物質は、窒素(N2)で、NOxや温暖化物質のN2Oではないという点もメリットが高い。さらに、アンモニア(NH3)は水素を含んだ物質(含有率:17.8 mass%)の為、アンモニアを直接燃焼エネルギーに使うだけでなく、水素の貯蔵・輸送用に活用するという案も検討されている。
唯一のデメリットは毒性だが、自然界でも比較的身近にある物質で、従来の化石燃料と比較してもさほどの遜色はないといえる。

今回の研究成果により、より安価で温和な反応条下でのアンモニア合成技術の実用化が進めば、化学肥料だけでなく今後のエネルギー事情に大きな変革をもたらす可能性がある。アンモニアは次世代エネルギーや水素の安全な貯蔵・輸送方法としても活用が期待される物質だ。今後のさらなる研究に期待したい。

なお、本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(CREST:研究領域「再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出」研究総括:江口浩一(京都大学大学院工学研究科 教授))と文部科学省 科学研究費助成事業(新学術領域研究:「高難度物質変換反応の開発を指向した精密制御反応場の創出」)の支援によって行われた。

  • (注1)窒素錯体:
    遷移金属に窒素分子が結合した錯体 (M―N2 : M = 遷移金属)。窒素分子は無極性分子で化学的に不活性であるが、金属に結合することで活性化されて常温常圧で反応を行うことが可能になる。そのため窒素固定法の開発を視野に入れた窒素錯体の合成が広く研究されている。鉄に窒素分子が結合した錯体は鉄窒素錯体である。
  • (注2)ヒドラジン (N2H4):
    ロケットや航空機の燃料として、また人工衛星の姿勢制御等に利用されている。アンモニアを酸化して合成されていることから、窒素ガスからアンモニアへの還元中間体に相当する。
  • (注3)ハーバー・ボッシュ法:
    ハーバーとボッシュによって約100年も前に開発された窒素ガスと水素ガスとから鉄系の触媒を用いてアンモニアを合成する方法。現在も工業的なアンモニア合成方法として使用されている。高温高圧(400-600℃、100-200気圧)の非常に過酷な反応条件が必要なエネルギー多消費型の反応であり、その反応に必要な水素ガスの製造も含めると、全人類の消費エネルギー数%以上がこのアンモニア合成に使用されていると言われている。
  • (注4)ピンサー配位子:
    3 つの配位原子が遷移金属にメリジオナル型で結合する三座配位子。金属と強固な結合を形成することで高い熱的安定性を与える。
  • (注5)アンモニア社会:
    石油や石炭などの従来の化石燃料は燃やせば二酸化炭素を発生する。一方、次世代のエネルギー媒体として期待されている水素は水しか発生せず、地球に非常にやさしいと言えるが、貯蔵・運搬が困難である。その点アンモニアは窒素と水素への分解反応で二酸化炭素を発生させずに、エネルギーを取り出すことができるだけでなく、容易に液化するので、貯蔵・運搬が極めて容易で取り扱いやすい。つまり、アンモニアをエネルギー媒体として利用できれば、現在問題となっている環境・エネルギー問題を一挙に解決し得る可能性が高まる。これを実現する社会は「アンモニア社会」として既に提案されており、その実現が強く期待されている。
    科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(CREST:研究領域「再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出」研究総括:京都大学大学院工学研究科の江口浩一教授)では、この「アンモニア社会」実現を目指した研究が行われている。