知らないと損をする学術英語の基礎

■出典:学術英語アカデミー パケット道場~初級アカデミック英語講座~

研究者にとって、国際舞台で自身の研究結果を発信するために英語は必要不可欠なツールのひとつ。しかし、ビジネス用の英語レッスンは巷にあふれていても、学術研究者向けの英語を教えてくれる場はほとんどないのが実情です。初めての英語論文の執筆や学会発表は、研究室の先輩や仲間の見よう見まねで乗り越えた……という方も多いのではないでしょうか。本コラムでは、初めて英語論文を書く方や学術英語の基礎をもう一度押さえたいという方のために、自らも物理研究者であり、長年京都大学で英語指導を行ってきたパケット先生が、研究者による研究者のための“使える”英語論文執筆の基礎知識をご紹介します。

◎前回『英語で混同しやすい用語や表現 「rareとscarce」』はこちら

◎今回は、学術著作物における“時制”の基本です。
一般的に“時制”というと現在、過去、未来といった時間の表現になりますが、学術論文を執筆する際には「現実世界」、「論文の世界」、「理論の世界」のいずれを記述しているか意識して時制を整える必要があります。

時制

日本人著者の論文には、時制に関する誤りがしばしば見うけられます。ここでは学術論文における時制の基本を説明します。

3つの世界

学術論文において時制を正しく用いるうえで最も重要なことは「3つの世界」という概念です。「3つの世界」とは、「現実世界*1」、「論文の世界」、「理論の世界」のことです。論文中のおのおのの動詞はこのいずれかの世界での動作、作用、状態などを表すことになります。また、学術論文においては明快さが何よりも大切なため、各動詞とそれぞれの世界との対応が明確でなければなりません。

動詞の時制を選択する際、まずその動詞が上記のどの「世界」に対して用いられているか判断する必要があります。動詞の世界を同定したうえで、以下に挙げる基準によって時制を正しく用いることになります。

現実世界

現実世界の現象に対して使われている動詞の時制は3つの要素によって決まります。その要素を挙げる前にまずそれぞれの要素の基礎となる概念を導入します。一般に動詞の役割は、対象の動作、作用、行為、状態などを記述することです。なお、「記述」という行為には記述される側と記述する側、つまりその対象と主体が必要です。動詞は、対象が示す動作などの記述を、主体の観点から行います。また、主体がその記述を行うために、まず対象を「観察する」ことが必要です。さらに、その観察には時間的な「方向」があります。

上記の概念を踏まえたうえで、動詞の時制を決める要素を明示すると、

  1. 対象が記述される期間(「記述期間」)
  2. 記述する観点(著者)の時間的な位置(「観察地点」)
  3. その観点から対象を観察するときの観察方向(「観察方向」)

の3点にまとめることができます。さらに時制とそれぞれの要素との対応関係は以下のように一覧で示せます。

時制 記述期間 観察地点 観察方向 例文
過去形 過去の期間 現在 過去へ The girl sang.
過去進行形 過去の期間 記述期間中の一時点 過去へ/未来へ The girl was singing
過去完了形 過去の期間 記述期間と現在の間の時点 過去へ The girl had sung.
過去完了進行形 過去の期間 記述期間中の一時点* 過去へ The girl had been singing.
現在形 不確定 現在 過去へ/未来へ The girl sings
現在進行形 現在を含む期間 現在 過去へ/未来へ The girl is singing.
現在完了形 過去 現在 過去へ The girl has sung.
現在完了進行形 現在を含む期間† 現在 過去へ The girl has been singing.
未来形 未来の期間 現在 未来へ The girl will sing.
未来進行形 未来の期間 記述期間中の一時点 過去へ/未来へ The girl will be singing.
未来完了形 未来の期間 記述期間以後の時点 過去へ The girl will have sung.
未来完了進行形 未来の期間 記述期間中の一時点* 過去へ The girl will have been singing.

* 期間末の時点となることも可
† 現在の時点に終わることも可
‡ 現在の時点を含むことも可

上記の表に提示されるルールは、一般的に英語の正しい時制を判断するうえで十分なものです*2。12の時制の中に「記述期間」、「観察地点」、「観察方向」の3要素がすべて一致する時制は過去形と現在完了形だけです。それらの時制の唯一の違いは、現在完了形には動詞によって表される動作、作用、行為、存在などの影響が観点の時点まで残るという意味が含まれているのに対し、過去形にはそのような意味が含まれていないということです。

*1 ここでは「現実世界」という言葉を広義に捉え、実際の物理的な世界の現象として想像される仮定の状況や出来事なども含んでいます。
*2 「時制」の解釈によって、ここに挙げるもの以外に少なくとも14あると見なすことができます。それらのうち12は、indicative mood(直接法)、subjunctive mood(仮定法)、imperative mood(命令法)、conditional mood(条件法)、およびそれぞれの進行形、完了形、完了進行形です。しかし、これらは個別の時制よりはそれぞれ標準的な時制のサブグループをなすと考えられるため、ここでは扱いません。残りの2つは、「past-future tense」(過去未来形)と「present-future tense」(現在未来形)というものです。

以下にそれぞれの例文を示します。
(i) I was to finish the work by the end of that day.
(ii) She is to become the greatest violinist in the world.

(i)では、過去形の「was」と不定詞「to finish」の併用によって、ある事柄が過去の時点から見て未来に起こるものとして描写されています。一方、(ii)では、現在形の「is」と不定詞「to become」によって未来に起こることを現在の状態として記述しています。しかし、厳密にはこれらは上記の表に挙げた時制と全く別のものではなく、むしろ過去形と現在形の特殊な使用法と見なすべきです。最後に「would」、「should」、「could」の多様な用法の中に、どの時制にも属さないものがあるという点にも注目していただきたいです。これらの動詞は別項で扱います。

◆今回のポイント
1)3つの世界
・学術論文で意識すべき世界は以下の3つ

  1. 「現実世界」
  2. 「論文の世界」
  3. 「理論の世界」

2)動詞の役割
・動詞の役割は、対象の以下4つを記述すること

  1. 対象の
    「動作」
  2. 「作用」
  3. 「行為」
  4. 「状態」

3)動詞は、対象が示す動作の記述を、「主体」の観点から行う
・その上で、動詞の時制を決める要素は以下の3つ

  1. 対象が記述される期間「記述期間」
  2. 記述する観点(著者)の時間的な位置「観察地点」
  3. その観点から対象を観察するときの観察方向「観察方向」
Glenn Paquetteグレン・バケット(Glenn Paquette)
1993年イリノイ大学(University of Illinois at Urbana-Champaign)物理学博士課程修了。
1992年に初来日し、1995年から、国際理論物理学誌Progress of Theoretical Physicsの校閲者を務める。京都大学基礎物理研究所に研究員、そして京都大学物理学GCOEに特定准教授として勤務し、京都大学の大学院生に学術英語指導を行う。著書に「科学論文の英語用法百科」。パケット先生のHPはこちらから

科学論文の英語用法百科〈第1編〉よく誤用される単語と表現科学論文の英語用法百科〈第1編〉よく誤用される単語と表現
単行本: 688ページ
出版社: 京都大学学術出版会 (2004/09)
言語: 日本語
ISBN-10: 4876986290
ISBN-13: 978-4876986293
発売日: 2004/09
商品パッケージの寸法: 22 x 15.5 x 4.5 cm

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